映画おじさんの絶品クリームシチュー

雑なテンションで映画の感想を書き連ねる、万年凍結ブログです。

15時17分、パリ行き 感想

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ボスラッシュとでも言わんばかりにビッグタイトル同時公開を迎えた異常な今週末。映画ファンの皆様は「分裂したい!」と嬉しい悲鳴を上げていることでしょう。僕もその一人です。映画の日である本日3月1日は、早めに仕事を終わらせて手始めに「シェイプ・オブ・ウォーター」、「15時17分、パリ行き」の2本をハシゴしてきました。

どちらも大変楽しめたのですが、今回は、ロッテントマト等で随分と批判意見が多数見受けられる本作について、「いやいやめっちゃ良いやん!」と思った私が肯定的感想を残すべく筆を執りました。(キーボードやけどな。)

 

f:id:ma2baga2:20161008212650p:plain 洗練された、「足し算に甘んじない演出」について。

本作を鑑賞して、またしても、イーストウッド監督が信頼できる巨匠であると再認識してしまいました。特にそう感じた理由として、実話に基づいた物語を彼が映画化する際に演出を「盛る」行為が極限まで控えられているからだと思います。

前作「ハドソン川の奇跡」を鑑賞した際にも言及しましたが、クリント・イーストウッド監督は演出を足し算で構成しないのです。凡百の考え方であれば、観客を退屈させないようにする場合、「演出を足し算」してしまいそうなものですが、彼の作品は驚くほどにあっさりしているのです。

(かなり似たようなことを、ハドソン川のときにも書いてます。)

 

例えば、テロが発生してから終りを迎えるまでの一連のシーンなんかを観れば顕著です。彼らがテロリストと対峙する際も、過剰なスローモーションなんて絶対に差し込まれる余地がありません。的確な画角、的確な演技指導、的確な美術…それらの洗練された演出を前に、スリリングさを引き立たせるような効果を「盛る」必要性がないのです。余分な演出は当たり前のように排除されています。

「事実は小説より奇なり」とは少し違いますが、彼らの勇敢な史実そのものが映画的演出なんかよりも十分すぎるほど我々の胸を打ち、勇気づけてくれるのですね。

 

f:id:ma2baga2:20161008212650p:plain 実人生に日常と非日常の線引きなんて存在しない。

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予告編詐欺とまでは勿論言いませんが、鑑賞した誰もが構成のバランスに驚くかと思います。というのも、本作は作中、事件自体よりもむしろ発生するまでのシーンにかなりの時間を費やしているんです。

少年時代を描く回想はまだしも、時系列が現在に追いついてからでさえ、フランスまでに経由した旅行のディティールもしっかりと描かれており、「このシーン、要る???」と感じてしまうほどのウェイトを割いています。この辺も賛否が分かれるところでしょう。

ただ、私はそれらも含めて肯定的に捉えておりまして、というのも、この構成は実人生においても重ねられると思うからです。

そもそも生活に「本編」も「前段」もありません。代わり映えしない日常も、取り返しのつかない境遇も、チャンスもピンチも、必ず予兆が付きものだというのは、勘違い甚だしい。だから、ただ楽しいだけの旅行の時間も、突如訪れる予期せぬ事態も、対等でフラットに描かれている。たしかに「中だるみする」と言ってしまえばそれまでですが、私は欠点ではないように思います。

 

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「さっきまであんなに幸せだったのに。」「さっきまであんなに苦悩していたのに。」「あの時の自分はこんなことになるなんて露ほども思わなかっただろう。」…現実って実はそんなことばかりなのかもしれません。

そしてここからが重要で、彼らはその「露ほども思わなかった事態」に対して、あれほど勇敢な行動を取れたということなんですよね!!これが本当にすごい。

結局のところ、咄嗟に取れる行動というのは、普段の生活習慣や信条や性格など、自分を構成する全ての延長線上にあるものなんだと、この映画が教えてくれました。

ここぞという瞬間に正しい行動を取れるかどうかは、生まれた時から今に至るまでの行動で決まるということ。行動は一瞬だが、その行動を取るための思想は一生の積み重ねだということ。それこそが、この映画から学んだ一番の内容でした。

特に、「最近オレようやく柔道がわかるようになってきたんだ!」と嬉しそうに語るスペンサーの伏線なんかがとてもわかりやすく効いており、それらをより強く実感させてくれたのだと思います。

 

ちなみに史実を調べたところ、乗務員らは客を見捨てて自分達だけ乗務員室に避難して内側から鍵をかけており、客の開けてくれという懇願も無視していたそうです。これもまた逆の意味で、咄嗟の状況こそ人間性が露呈するのだという一幕ですね。ただ監督は彼らを糾弾する意図はなかったでしょうから、その辺りを省く判断も頷けます。

 

過去の行動によって今があり、今後の行動によって未来が決まる。それは、平凡な日常であろうと、予期せぬ事態であろうと、そこに違いは無いのかもしれない。そんなことを考えることが出来た大切な一作でした。

・・・なんか今回はテンション低めでつまらない文章になってしまったかもしれません。次は頑張ります(?) おわり